老人ホームの中には、職員同士や職員と入居者との関係が悪く、ピリピリした雰囲気のところもあるもの。そうした中、埼玉県蓮田市にある有料老人ホーム『蓮田オークプラザ駅前温泉館』支配人の吉川真由美(きっかわ・まゆみ)さんは、「職員同士の仲が良く、離職率が低いことが自慢」と話します。どういった要因で、職場の雰囲気は良くなるのでしょうか。吉川さんのお話からヒントを探りました。

入居者と職員は、同じくらい大切な存在

蓮田オークプラザ支配人の吉川さん
【蓮田オークプラザ支配人の吉川さん】

——まずは吉川さんの簡単なプロフィールを教えてください。

吉川さん:実は私、ここに来る前はホテルに勤めておりまして、そこの先輩からお誘いを受けたんです。『蓮田オークプラザ駅前温泉館』はお元気な自立の方を対象としたホームなので、「ホテル並の接客にしたい」という想いがあったんですね。「職員にそうした教育ができる人に来てもらいたい」と先輩に声がかかり、先輩が「一人ではできないから、手伝ってくれないか」と私を誘ってくださって。最初はフロント業務の立ち上げを行い、1年後に支配人になりました。

——ホテル業界とは勝手が違うことも多かったのではないですか?

吉川さん:非常に葛藤しましたね。たとえばホテルであれば、お客様は何か不愉快なことがあったときに「二度と来ない」と言えますが、ご入居者さまはずっとここで暮らす方々です。そこに大きな責任を感じました。また、職員も接客が好きというよりも、介護職としての専門知識を持った職人のような方が多かったので、調整が難しかったです。

高級感あるエントランス。郵便受けは入居者がカードキーで開けることができます。

【高級感あるエントランス。郵便受けは入居者がカードキーで開けることができる】

——どのようにしてそのギャップを埋めたのですか?

吉川さん:
転職後しばらくして父が亡くなったんですが、私が父のためにあれこれと動いていたこと全てに対して、父は死の間際に「ありがとう、よくやってくれたよ」と言ってくれたんです。それで、「父は満足してくれたんだな」と、自分も満足することができました。

見送ったほうは、そうした想いをずっと背負って生きていくことになります。ですから、「ご入居者さま、ご家族さまが“ここを選んでよかった”と思えるような施設をつくっていこう」と目標が定まりました。

職員に対しては、1から接客を教えた者もいますし、逆に私は看護・介護は未知の領域なので、教えてもらうようにしました。また、ご入居者さまは人生経験豊富な方が多いので、ホームに対してご意見をくださることも度々あるんです。それに対して現場の介護士や看護師が対応すると仕事が進まなくなると困るので、私が引き受けることにしました。

——支配人自ら積極的に対応されるのですね。

吉川さん:
私は根本的に接客が好きなので、お話を聞くのは全く苦にならないんです。数時間にわたって、夜の12時位までお話を聞いたこともありますが、「お元気だからこんなにお話ができるんだな、このお元気を維持してほしいな」と思いました。

そんな風にお話を聞いた後、ご入居者さまから「あなた天職ね」と言われたことがありました。転職して手探りで仕事をしてきたので、とても嬉しく励みになり、いまでも印象に残っています。



——職員には、接客姿勢をどうやって教えているのですか?

吉川さん:
たとえば新入社員として入ったフロントスタッフには、日々の業務の中で困ったことや悩んだことを日誌に書いてもらって、「ご入居者さまが本当に言いたかったのはこういうことじゃないかな」とコメントを返し、接客業の勘を養ってもらうようにしました。

——『蓮田オークプラザ駅前温泉館』は自立の方が多く、自由度が高い印象です。その反面、お部屋にこもりがちになってしまったり、気づかないうちに認知症が進んでしまったり、といった危険はないのでしょうか。

吉川さん:
そうしたことを予防するために、ご入居者さまに参加したいと思ってもらえるようなレクリエーションを多数企画しています。ただ、部屋で読書をするのが好きという方もいるので、無理強いはしません。それでもここは温泉があるので、その時間を通してご入居者さま同士の会話が自然に生まれるんじゃないかなと思っています。

また、フロントスタッフがご入居者さまを見守り、お声かけをするようにしています。ホテル業界では、お客様一人ひとりがどんな行動を取られたか、どんなご様子かをよく見るんですね。その姿勢がスタッフにも浸透しているので、「最近カードキーが上手く使えていない様子です」「いつもより表情が暗かった」と、小さなサインを見逃さず報告してくれるんです。

ホテルのように優雅で開放感のあるロビー。入居者がのんびりと思い思いの時間を楽しんでいました
【ホテルのように優雅で開放感のあるロビー。入居者がのんびりと思い思いの時間を楽しんでいる】

——認知症予防やリハビリにはどう取り組んでいらっしゃいますか?

吉川さん:
オープン時は平均年齢が79歳でお元気な方が大半でしたが、6年目を迎えてご入居者さまの身体機能ががくんと落ちてきているのを感じています。お一人で外出されて転んでしまったり、入浴のご様子が危なげだったり……。

けれども、「お手伝いさせてほしい」とお伝えしても、「いやいや大丈夫だよ」と言われてしまうことも多いんですね。そのため、今年は体力測定を実施しました。数値で表すと、みなさん「そうか、こんなことができなかったのか」と納得してくださるんです。

それで必要な方には、理学療法士の機能訓練を受けていただくようにしました。自分の足で歩いていた方が杖をつかないよう、杖をついていた方が車いすにならないよう、サポートしていきたいと思います。



——入居者との交流の中で嬉しかったことはありますか?

吉川さん:
90歳を超えてフラダンスに挑戦し、お化粧をしてとってもいい笑顔で踊っていらした方、入ったときは声が出なかったけれど、ご友人ができてよく喋るようになり、カラオケに毎回参加されている方……ご自宅にいらしたときはできなかった経験をして嬉しそうにされている姿を見ると、こちらも嬉しくなります。

——ホームを運営する上でのポリシーを教えてください。

吉川さん:
それはもう、「ここを選んで本当によかった」と思ってもらえるようなホームにすること、です。ご入居者さまはもちろんですが、職員にもそう思ってほしい。自分たちのホームが認められ、自分自身も認められる存在であること。それが働きがいにつながるんじゃないかと思っています。私にとっては、ご入居者さまと職員とは同じ位大切な存在なんです。

——そう言い切れるのはすごいですね。

吉川さん:
弊社が大事にしているのは、「三者Win-Win」という考え方です。最初から、「ご入居者さま、職員、法人の三者が全て満足できるような運営をしていこう、お互いの暮らしの質を高めていこう」と口癖のように言っていました。ですから、職員も人間関係や家族の問題でストレスがないように気を配っています。

ロビーには寄席の舞台が置かれていました。年に数回、落語が披露される
【ロビーに置かれている寄席の舞台。年に数回、落語が披露される】

——直近3年間の離職率は2%と伺いましたが、吉川さんのそうした姿勢が影響しているのかもしれませんね。

吉川さん:
よく研修などでほかの施設長とお話するんですが、みなさん「人が定着しない」「介護部と看護部の仲が悪い」とおっしゃるんですね。私は一度もそういったことで悩んだことはありません。職員同士の仲が良く先輩が後輩を自然とフォローするようになっていますし、真面目で熱心な人が揃っているんです。
他社を経験していないので私にはわからないのですが、転職してきた職員は「ここはご入居者さまとの会話が楽しい。お叱りを受けることはあるけれど、自分がやったことはちゃんと認めて評価してくれるから、頑張ろうと思えるんです」と話していました。

それと、「子どもや親の具合が悪いときは遠慮せず言いなさい」と伝えています。「人の生き死にはこちらの都合で選べるわけではないから、悔いのないようしっかり休みなさい」と。私も父が亡くなるときはお休みをいただいたので、お互いさまなんですよね。会社ぐるみでサポートする体制があることは、私もありがたく感じています。

去年から今年にかけて職員の結婚・出産が相次いでいるのですが、職場に対する安心感があるから結婚や出産を決めてくれたのかな、なんて思っています。

蓮田オークプラザ:ホーム長インタビューを終えて



「ご入居者さまと職員は同じくらい大事」という吉川さんの言葉に、「え?入居者が第一じゃないの?」と思った方もいるかもしれません。

しかし、会社から信頼され大事にされているからこそ、職員は入居者に対して心のこもった対応ができるのではないでしょうか。明るく笑顔に溢れた『蓮田オークプラザ駅前温泉館』の雰囲気は、きっと吉川さんの人を大切にする姿勢や人柄によってつくられているのでは、と感じました。こうしたホームが増えて、介護業界全体の離職率が低くなるといいですね。