神奈川県横須賀市にある『さくらの里山科』は、国内でも珍しい“ペットと暮らせる特別養護老人ホーム”として有名で、数々のメディアに取り上げられています。

でも、実はこちらのホーム、“ペットと暮らせること”以外にもたくさんの特長を持っているのです。その根底にあるのは、“諦めない福祉”という考え方。施設長の若山三千彦さんにお話を伺いました。

入居者一人に職員一人がついて、個別の外出を実現

100名が入居する『さくらの里山科』

【100名が入居する『さくらの里山科』】

——まずは、若山さんが介護業界に入ったきっかけを教えてください。

若山さん:両親が長年ボランティア活動を行っていまして、定年後に『社会福祉法人心の会』を設立したのです。もともと私は全く違う業界で働いていたのですが、高齢の両親を支えるために転職しました。

——『さくらの里山科』がオープンしたのはいつですか?

若山さん:2012年4月です。理事長として法人全体のことを考えつつ、いまは立ち上げ期なので私が施設長も兼務しています。

ホームのコンセプトは、法人全体の基本理念と同じで“諦めない福祉”です。介護が必要な状態になりさまざまなことを諦めていたご利用者さまをサポートして、人生の最期まで好きなこと・やりたいことを諦めずに過ごしてほしいと考えています。

若山施設長

【さくらの里山科:若山施設長】

——それを実現するために、どのような取り組みをされているのですか?

若山さん:たとえば旅行が好きだけれど諦めていた方には旅行の行事を提供する、体が動かず買い物を諦めていた方にはホームに地元のパン屋さんや雑貨屋さんを呼んでお店を開いてもらう。

お酒を諦めていた方には看護師がドクターと相談を重ね充分に医療面に配慮した上で飲んでいただく、グルメな人には可能な限り美味しい料理を提供する。

動物が好きな人にはペットと一緒に暮らせるようにする。そういった一つひとつの積み重ねです。

料理に関して言えば、質にもバリエーションにも自信があるんですよ。ラーメンやピザなど庶民的なメニューはもちろん、年末にはふぐ、お正月には伊勢海老、夏はうなぎ、秋は松茸と季節の食材をお出ししています。

毎週開催の『喫茶山科』。食品や雑貨の購買と喫茶スペースになっており、外出気分を味わえる

【毎週開催の『喫茶山科』。食品や雑貨の購買と喫茶スペースになっており、外出気分を味わえる】

——多様なプログラムを用意することで対応しているのでしょうか、それとも一人ひとりの要望に合わせているのでしょうか?

若山さん:両方ですね。さまざまな人が楽しめるプログラムを用意する一方で、たとえば年に1〜2回は個別の外出行事を行っています。

ご入居者さま一人に対し職員一人が付き添って、気になっていたレストランへ一緒に行ったり、以前暮らしていた家を見に行ったり、地元のお祭りに参加したり。お誕生日はそうした個別外出を行うことも多いんですよ。

お魚が好きな入居者の誕生日外出の様子。近所の美味しい寿司店に行ったそうです

【お魚が好きな入居者の誕生日外出の様子。近所の美味しい寿司店に行ったそうです】

——ブログを拝見しましたが、ビアガーデンが開かれたりみかん狩りに行かれたりと、とても楽しそうだなと思いました。入居者が要介護3以上の方ばかりとは思えないほど、みなさんお元気そうですね。

若山さん:要介護度4、5というと寝たきりで何もできないイメージを持つ方が多いと思いますが、お体は不自由でもできることは多いんですよ。ご自宅にいらっしゃる場合は寝たきりになってしまってもやむを得ないと思います。ご家族だけで支えるのは限界がありますから。

でも、寝たきりになってしまった方がご入居されたとき、私たちは可能な限り起きて生活ができるようにサポートします。

最初は起きた状態で食事を取ってもらう、次は車いすでの食事に挑戦する、それから普通のいすで食べてもらう、わずかでもいいからご自分の足で歩いてもらう。こうした介護をすることで、ある程度は改善できるんです。

老人ホームは「人生の墓場」「姥捨山」と思われていた時代がありましたが、いまは身体能力が向上して、ご本人らしい暮らしが取り戻せる場になっているんですよ。

心のこもった介護がしたくて集まった仲間たち

——職員のみなさんには、どんなことを伝えていますか?

若山さん:基本的なことですが、一律に対応せず、お一人おひとりに向き合うように、と伝えています。それから、ここはご入居者さまにとって生活の場であるということ。ご本人の希望を最優先にして、私たちはそのサポートをする存在だと伝えています。

印象に残っているのは、ご入居者さまを川崎大師にお連れしたときのことです。

その方は毎年家族で川崎大師にお詣りするのが恒例行事でした。でも、車いすを使うようになってからは長いこと行っていなかったといいます。「死ぬ前にもう一度だけ川崎大師に行きたい」とのことでしたが、体調も安定しておらず、遠距離の移動は難しい状態でした。

そこで担当職員は、目標を半年後に設定し、「それまでにリハビリをして体調を整えましょう」と提案しました。そのご入居者さまは食べる量が少なかったのですが、体力をつけるために一所懸命食べるようになり、散歩にも進んで行きたいとおっしゃるようになったんです。

目標ができると、リハビリは見違えるほど効果を発揮しますね。

また、職員は「一人体制では無理です。人手がないことも、経費がかかることもわかっているけど、何とか夢を叶えてあげたいので、二人体制を取らせてください」と私にお願いしてきたんですよ。私はもちろん許可しまして、ご入居者さまは無事に川崎大師へお詣りすることができました。涙を流して喜んでいらっしゃったと聞いています。

——職員の方も熱意を持って働かれているのですね。

若山さん:うちは間違いなくほかのホームよりも業務負担が大きいんですよ。外出行事やイベントが多い上に、個別の外出行事まであるわけですから。

給与面も民間企業の運営する有料老人ホームには敵いません。そのため他社に転職してしまう職員もいますが、反対に給与が下がることを分かっていて他社からうちに転職してくる職員も少なからずいるんです。

理由を聞くと、「行事もなければご入居者さまの話をゆっくり聞くこともできず、機械的に介護をすることに耐えられなくなった」と言うんですね。待遇ではなく、信念を持って仕事に取り組めるかどうかを問題としていたんです。

だから、もしうちが手間ひまをかけない方向に転換したら、職員はみんな辞めてしまうと思います。心のこもった介護がやりたくて集まっている人ばかりですから。

託児室のある同ホーム。入居者にプレゼントを配る子どもたち。小さなサンタの訪問に入居者も大喜び

【託児室のある同ホームで入居者にプレゼントを配る子どもたち。小さなサンタの訪問に入居者も大喜び】

さくらの里山科:ホーム長インタビューを終えて

入居者の「川崎大師へ行きたい」という夢を叶えるため、職員を増員して個別外出行事を行う。このエピソードを聞いて、“諦めない福祉”という理念がただの飾りではないこと、若山さんや職員の方々が本当に入居者のことを考えていることが伝わってきました。

「家族を老人ホームに入居させること」に対してネガティブな感情を抱いている人もいると思います。でも、『さくらの里山科』のようなホームに入れば、自宅にいたときよりも“できること”の幅は広がるのではないでしょうか。

自分らしい暮らしを諦めないために、老人ホームに入る。いまはそういう時代なのかもしれません。

(記事中の内容や施設に関する情報は2017年1月時点の情報です)