「ペットのいない暮らしなんて、考えられない」。動物が好きなら、そう思っている方も多いのではないでしょうか。

でも、高齢になると、「自分にもしものことがあったとき、誰が愛犬・愛猫の面倒を見てくれるんだろう」という不安もまた生じるものですよね。「最期まで自分で面倒を見られる自信がないから、飼うのをやめる」という選択を取る場合もあるでしょう。ずっと動物と暮らしてきた方にとって、それはとても辛い決断のはずです。

『社会福祉法人心の会』が運営する特別養護老人ホーム『さくらの里山科』は、ペットを飼うのを諦めていた方、介護を必要としているけれどペットと離れることができず悩んでいた方のため、ホーム内にペットと暮らせるユニットを4つ設けています。ペットと暮らせる特別養護老人ホームは、2016年秋現在、ここ以外にありません。

『さくらの里山科』はどんな体制で運営しているのでしょうか。そして、なぜペットと暮らせる特養をつくったのでしょうか? 神奈川県横須賀市にある同ホームを訪問し、お話を伺いました。

「家族同然のペットを保健所に送ってしまった」と嘆く高齢者がいなくなるように

ワンズユニット前の廊下。この扉の先に犬たちが待っています

【ワンズユニット前の廊下。この扉の先に犬たちが待っています】

『さくらの里山科』内には10のユニットがあり、そのうち2つは犬と暮らせる「ワンズユニット」、2つは猫と暮らせる「ニャンズユニット」です。ワンズユニットを訪問すると、人なつこい犬たちが出迎えてくれました。

真っ先に歓迎してくれた保護犬の文福。人間が大好きなのだそう

【真っ先に歓迎してくれた保護犬の文福。人と接することが大好きなのだそう】

 急逝された高齢者の自宅にとり残されていたルイ。ワンズユニットのアイドル的存在です

【急逝された高齢者の自宅にとり残されていたルイ。ワンズユニットのアイドル的存在です】

ユニットは10室の個室と約17畳のリビングダイニング、3つのトイレと1つの浴室で構成されていて、動物たちはユニット内を自由に行き来します。入居者の個室の中も例外ではありません。一緒に暮らす人間やペットの数は多いものの、家庭で飼育されているペットとほとんど変わらない環境です。

入居者の集まるリビングダイニング【入居者の集まるリビングダイニング】

現在、『さくらの里山科』で暮らしているのは犬5匹、猫9匹。入居者が連れてきた子もいれば、保健所から保護された子、亡くなった高齢者の家から保護された子もいます。

入居者が連れてきたペットの餌代や医療費は入居者持ちですが、病院に連れていく手間賃などはいただいていないそう。また、保護されてホームで引き取った犬・猫の世話はすべて職員が行い、経費もホーム持ちです。

通常のホームよりお金も手間もかかりますが、なぜ『さくらの里山科』はペットと暮らせる老人ホームにしたのでしょうか。

賑やかなワンズユニットに対して静かなニャンズユニット。ケージでまどむ猫たち

【賑やかなワンズユニットに対して静かなニャンズユニット。ケージでまどろむ猫たち】

“若山さん:実は、「ペットと暮らせる老人ホームをつくろう」と考えたわけではないんです。私たちが大事にしているのは、ご入居者さまお一人おひとりのQOL(生活の質)を高めること、最期まで人生を楽しんでいただくこと。その方法のひとつに、「最期までペットと暮らせること」があっただけなんです。”

そう話すのは、施設長の若山三千彦さん。心の会の理事長で、これまでに在宅介護サービスやグループホーム、障害者福祉施設を運営してきました。

ワンちゃんたちに慕われている施設長の若山さん【ワンちゃんたちに慕われている施設長の若山さん】

“在宅介護サービスを行う中で、ペットを飼われている高齢者の方が、重度の介護が必要になってペットの世話ができなくなり、泣く泣く保健所に送ってしまう、という事例をいくつも見てきました。

お一人で暮らしている高齢者にとって、ペットは一心同体のパートナーのような存在です。週1程度買い物のために外出するほかは誰とも喋らず、何年も一緒に暮らしてきた、そんな方も多いんですよ。

そんな家族同様の存在を、保健所に送らざるを得なくなった場合、飼い主さまはとても苦しみます。生きる気力を失い、半年経たないうちに後を追うように亡くなった方もいました。後悔しながら、嘆きながら最期を迎えるんです。こんなに悲惨なことがあるでしょうか。高齢者福祉に携わっている人間として、こうした状況を放置するのは間違っていると思いました。“

入居者が大事なペットと離れなくて済むホームにしよう。若山さんにとって、それは自然な決断だったといいます。

廊下に掛けられた犬用のカッパ。1日2回、職員とボランティアの方がお散歩に連れ出します【廊下に掛けられた犬用のカッパ。1日2回、職員とボランティアの方がお散歩に連れ出します】

ペットと暮らせる特別養護老人ホームは全国でも『さくらの里山科』だけ。民間企業が運営する有料老人ホームでは増えてきていますが、まだ多いとは言えない状況です。そのため、ワンズユニット・ニャンズユニットに入居する方は一人ひとりが大きなドラマを持っているといいます。

“昨年秋に入居された方は、末期がんで余命半年の宣告を受けていました。入院治療が必要な状態でしたが、「残された時間を犬と離れたくない」と拒まれていたそうです。そこで、ご家族の方が遠方から相談に来られたんです。

余命半年と言われている方、それも県外の方を新しく受け入れる特養は中々ありません。しかし、うちの職員はご本人さまの思いを聞き、「応えられるのはうちしかいない」と頑張ってくれました。その方はもう亡くなりましたが、ワンちゃんと一緒に過ごして、おそらく満足しながら旅立っていったのではないかと思います。ご家族にもとても感謝していただきました。“

残されたペットたちは、ホームが責任を持って最期まで面倒を見るとのこと。ほかの入居者や職員が可愛がってくれると思うと、安心して旅立つことができそうですね。

 最愛の飼い主を7月に見送ったチロ。ほかの入居者からたくさんの愛情を注がれ、元気を取り戻してきたそう

【最愛の飼い主を7月に見送ったチロ。ほかの入居者からたくさんの愛情を注がれ、元気を取り戻してきたそう】

“ペットのほうが先に亡くなったケースもあります。ダルメシアンと一緒に入居してきた認知症の方で、ワンちゃんが亡くなる数日前から自分のベッドの中に入れて寄り添うように過ごしていました。ワンちゃんは腎臓を患っていて、獣医さんが言うには相当痛みがあったそうですが、それでも幸せそうだったんですよ。最期は飼い主さんの腕の中で息を引き取りました。

飼い主さんは、認知症の影響で感情の抑制がきかず、ちょっとしたことで激昂される方でした。愛犬に対する愛情やこだわりも強かったので、私たちは「ワンちゃんが亡くなったらどんなに荒れてしまうだろう」と心配していたんです。でも、最期の数日を片時も離れず一緒にいて看取ることができたという満足感からか、気持ちが荒れることは全くありませんでした。“

可愛がっていたペットを亡くすのは辛い経験ですが、最善を尽くすことができたと思うと、ペットロスに陥ることなく気持ちの整理ができるのかもしれませんね。

“その方ももう亡くなりましたが、「愛犬を保健所に送ってしまった」と後悔しながら旅立つのではなく、「ちゃんと自分で看取った」と満足して旅立つことができたのは幸せだったんじゃないかと思います。

私たちが目指しているのは、ご入居者さまの人生の最期を輝かせること。ですから、こういう方がいたことで、私たちがやってきたことは無駄じゃなかったと思うことができました。“

ペットに看取られながら、最期を迎える



「ワンズユニット」「ニャンズユニット」には、ペットと一緒に入居してきた方だけではなく、ペットと暮らしたくて入居してきた方もいます。

“ペットが好きな方って、子どもの頃からずっと飼っている方が多いんです。私も人生の傍らにはいつもペットがいました。いまも3匹の犬と暮らしています。でも、いま飼っている子たちが亡くなった後、次の犬を迎えていいかどうかは迷います。50〜60代でペットを飼っている人はみんな悩むことではないでしょうか。自分はいつペットと暮らすことを諦めなければいけないのか、と。”

そこで、いまペットを飼っていない人にもう一度ペットのいる暮らしを楽しんでもらおうと、ホームで犬・猫を飼うことにしたのです。老人ホームでペットを飼うというと、アニマルセラピー効果を狙ってのことかと考えてしまいますが、それは違うと若山さんは話します。

亡くなった高齢者の家に残されていたジローを膝に抱く入居者。愛に溢れた優しい笑顔です【亡くなった高齢者の家に残されていたジローを膝に抱く入居者。愛に溢れた優しい笑顔です】

“アニマルセラピーとは、訓練を受けた動物が人間を癒すことですよね。うちは動物たちには何も求めていないんです。普通の家庭で犬や猫を飼うとき、「この子に役立ってもらおう」なんて思いませんよね。ただ一緒に暮らせればいい、それだけです。だからセラピーを目的にはしていないのですが、結果的にはご入居者さまに良い影響を与えていると思います。

ある車いすの方は、最初は動くのを嫌がり食べる量も少なかったのですが、お気に入りの猫ちゃんができてからは探してユニット内を動き回るようになり、食欲が増して体力が回復しました。

腕を伸ばす、抱っこをする、という動作も立派なリハビリです。また、一緒にいるだけで笑顔になって、生活にハリが出ます。心身共に元気になっていくんですね。“


並んでトコトコと入居者の個室を訪問するチロとルイ。微笑ましい光景です

【並んでトコトコと入居者の個室を訪問するチロとルイ。微笑ましい光景です】

ホームとして飼っているのは、保護されたペットたち。それも、中々飼い主が見つからないであろう病気持ちや高齢のペットを優先して引き取っているといいます。わずか数匹でも、行き場のないペットを救いたいという気持ちからです。

“たとえば文福は、千葉県の保健所にいたんです。保健所に収容された犬は、1日毎に部屋を移動し、7日目にはガス室で殺されます。文福はギリギリ6日目にボランティアさんに救出されました。隣からは苦しむ仲間たちの悲鳴が聞こえてきていたのでしょう、悲痛な顔をしていたといいます。

澄んだ瞳で人間を見つめる文福

【澄んだ瞳で人間を見つめる文福】

同じような経験をしたトラノスケという猫もいるんですが、この2匹は死の恐怖を経験したせいなのか、人の心の動きに敏感で、不思議な共感能力を持っています。ご入居者さまが落ち込んでいるとそっと寄り添い、看取り期に入るとベッドに入り込んで優しく顔を舐めるんですよ。誰に教えられたわけでもないのに、自分からそうするんです。“

人が大好きなトラノスケ

【人が大好きなトラノスケ ※写真はさくらの里ブログからお借りしました】

彼らなりの“看取り”なのですね。「死の恐怖を和らげたい」というひたむきな想いに胸を打たれます。

“保健所で殺処分される動物の過半数は、高齢者が飼えなくなってしまったペットだと言われています。ペットと暮らせる老人ホームが増えれば、大幅に殺処分を減らせるはずです。

私たちのようにホームとして犬や猫を飼うのは、手間の面でもお金の面でも正直言って大変だと思います。しかし、ご入居者さまが連れてきたペットに限定すれば、負担は減らせるはずです。ペットと暮らせる老人ホームが増えていったら、と願っています。“

さくらの里山科の取材を終えて



若山さんのお話を伺い、「人生の最期を楽しいものにしたい、大好きな動物たちと一緒に過ごさせてあげたい」という入居者への想い、「アニマルセラピー効果を期待していない、ただ居てくれるだけでいい」という動物たちへの想いに心を打たれました。

有料老人ホームよりも低料金で利用できる特別養護老人ホームは入居待機者が多く、入居者を獲得するために特別な営業努力をする必要はほとんどありません。むしろ、何か変わったこと、特別なことをすればするほど経費がかさみ、経営は厳しくなっていくものです。

そうした背景も含めて考えると、『さくらの里山科』の挑戦がいかに尊いことかがよくわかります。有料老人ホームはもちろん、富裕層でなくても入れる特養で「ペットと暮らせる老人ホーム」が増えていくといいですね。